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東京地方裁判所 昭和25年(ワ)400号 判決 1956年9月10日

反訴原告 内田貫一

反訴被告 島村酉蔵

主文

反訴原告の請求を棄却する。

訴訟費用は反訴原告の負担とする。

事実

反訴原告訴訟代理人は、反訴被告は反訴原告に対し東京都墨田区吾妻橋三丁目十五番地所在土地八十三坪六合(以下本件土地という)を引き渡せ、訴訟費用は反訴被告の負担とする、との判決及び仮執行の宣言を求め、請求の原因として、反訴原告は昭和十三年十二月十五日、反訴被告所有の本件土地を同日附賃貸借公正証書により賃料一ケ月金四十九円毎月二十八日限り持参払の約旨で建物所有の目的で賃借したが、反訴原告が本件土地上に建築所有していた建物が、昭和二十年三月十日、戦災によつて焼失した後、反訴原告は、本件土地の使用を継続することについて反訴被告の承諾を必要とするものと誤解し、反訴被告と数次の折衝を重ねるうち、反訴被告は反訴原告の本件土地使用を拒否し、昭和二十一年十一月頃以降は本件土地に塀を廻らして使用できないようにしたので、賃借権に基いて本件土地の引渡を求めると述べ、反訴被告の抗弁事実中、昭和二十四年五月二十八日附内容証明郵便が翌二十九日反訴原告に到達したことは認めるがその余は否認すると述べ、再抗弁として、本件土地賃貸借公正証書中の「賃料の支払を二回怠つたときは、本契約は解除され賃借人は直ちに賃借物を返還すること」との文言は単なる例文として掲げられたものであるから本件契約の約旨として無効であり、かりに右文言が約旨として有効であつても、催告を要せずして当然解除される趣旨ではないと解すべきところ、反訴被告は何等の催告もせず、前記内容証明郵便は解除の意思表示を含まず、他に解除の意思表示もない、のみならず、反訴被告は昭和二十一年十一月頃以降本件土地に塀を廻して反訴原告の使用を拒んだので反訴原告は右使用の対価である賃料を支払う義務を負はなかつたのであるが、かりになお反訴原告に賃料支払義務があつたとしても、反訴被告が反訴原告の提供した賃料の受理を拒んだのであるから反訴被告が受領遅滞の責を負うべきであるばかりでなく、反訴原告は昭和二十年三月分以降の賃料を昭和二十三年八月二十一日供託しているので反訴原告が債務不履行の責を負ういわれはない。かりに反訴原告が昭和二十年三月分及び四月分の二回分の賃料支払を怠つたことにより反訴被告が解除権を取得したとしても、昭和二十二年四月頃反訴被告が本件土地に約六、七坪のバラツクを七分通り建築したとき反訴原告が本件土地を自ら使用する必要を主張して右バラツクの取毀を申し入れたところ、反訴被告は数日後に右バラツクを取毀したことがあり、このような事情に徴すれば、反訴被告は解除権を暗黙のうちに抛棄したものと解すべきである。かりに右抗弁はいづれも理由がないとしても、反訴原告が本件土地上の建物の罹災後も、継続して使用させて貰いたい旨を屡々申し入れているのに、仮令終戦時の混乱期に賃料不払があつたとしても、一回の催告もしないで解除するのは信義誠実の原則に違背すると共に権利の濫用であると述べた。<立証省略>

反訴被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、反訴原告主張の事実中、昭和十三年十二月十五日反訴被告所有の本件土地について反訴原告主張のような賃貸借契約を締結したこと、反訴原告が本件土地上に建築所有していた建物が昭和二十年三月十日戦災によつて焼失したこと、本件土地を反訴原告に使用させていないことは、いづれも認めるが、其の余の事実は否認する、と述べ、抗弁として、前記賃貸借契約は反訴原告がもし賃料を二回怠つたときは契約は当然解除され直ちに本件土地を反訴被告に返還することの定めになつていたところ、反訴原告は、昭和二十年三月分以降の二回以上に亘る賃料を持参しないので、本件土地賃貸借契約は右約旨に基いて、昭和二十年四月二十八日限りで当然に解除されるものである、仮りに本件土地賃貸借契約が二回の賃料延滞を条件として当然に解除されるものでないとしても、反訴被告は、昭和二十年十月頃、谷原頼三を代理人として反訴原告方において賃料支払方を催告した外、あらゆる機会と方法とで右催告をしたが反訴原告はこれに応じなかつたので、昭和二十二年十月頃、本件賃貸借に関し墨田簡易裁判所において調停手続中、反訴原告に対し右賃貸借を解除する旨通告して解除の意思表示をし、たのでその頃本件土地賃貸契約は解除されたものであると陳述し、反訴原告の再抗弁事実を否認し、昭和二十二年四月頃訴外桜井広明が本件土地に建築に着手し金の工面がつかずに中途で取り毀したことはあるが、同人は反訴原告の申し入れによつて取り毀したものでもなければ、もとより反訴被告が本件土地賃貸借契約の解除権を抛棄した事情となるものでもない。又反訴原告主張の供託の事実は認めるか、右は適法な供託でもなく、前記解除後のものでもあるから何等の効力をも有しない。と附陳した。<立証省略>

理由

反訴被告が反訴原告に対し、昭和十三年十二月十五日、同日附賃貸借公正証書によつて、民訴被告所有にかかる本件土地八十三坪六合を、賃料一ケ月金四十九円毎月二十八日限り持参払の約旨で賃貸したこと、反訴被告が本件土地上に建物を所有して使用しているうち、昭和二十年三月十日戦災により右建物が滅失したことはいづれも当事者間に争がない。

反訴被告は、右公正証書中「もし賃料支払を二回怠つたときは賃貸借契約は解除せられ貸借人は直ちに賃借物を返還すること」との約旨の条項を援用し、反訴原告が昭和二十年三月分以降二回怠つたので、右約旨の条件成就により、本件土地賃貸借契約は、昭和二十年四月二十八日限り当然解除されたものと主張するが、成立に争のない甲第一号証によれば、本件土地賃貸借契約の約旨を列挙した右公正証書中に反訴被告主張の条項が記載されており、その文言よりすれば反訴被告主張のような解釈は必ずしも不可能とは言えないが不動産賃貸借契約一般の実情に即して看るときは、右条項の趣旨が、賃料二回分の弁済期経過を条件として、賃料支払の催告も契約解除の意思表示も要せず、当然に解除権が発生するとともに契約解除の効果が発生することを意味するものとは遽に解し難く、さりとて反訴原告主張のように、単なる例文として無効の条項と断じ去るに足る根拠もなく、むしろ、右条項は約定解除権を定めたものと解し、民法第五百四十一条所定の法定解除権との均衡を考慮して、賃料二回の弁済期徒過があれば履行の催告を要せずして解除権は発生するが、解除の効果は、当然に発生するものではなく、なお解除の意思表示を必要とするものと解するのが相当である。

ところで、進んで、反訴原告が賃料支払を二回以上怠つたかどうかについて考えると、証人佐竹清の証言および反訴原告本人尋問の結果中には、反訴原告は、訴外佐竹清又は村田大次郎を通じて昭和二十二年四、五月頃に反訴被告に対し昭和二〇年三月分以降の賃料を現実に提供したが理由なく受領を拒絶された旨の供述はあるが、証人島村和夫の証言及び反訴被告本人訊問の結果に対照して見ると、右提供に係る賃料額が当時の滞納額に足りるものであつたとの心証は得られず(右反訴原告本人の賃料提供額に関する供述部分に信をおき難く、)従つて、その受領を拒絶した反訴被告の処置は不当とはいえず、他に当事者間に争のない反訴原告主張の供託の頃まで賃料の提供又は弁済のあつたことの証拠はない。反訴原被告各本人尋問の結果によれば、反訴原被告は、本件土地上の反訴原告所有の建物が焼失した昭和二十年三月十日もしくはその数日後に、本件土地の焼跡で会ひ、その際、反訴原告は反訴被告から同人の当時の疎開先の住所番地を告げられていたと認められるので、終戦前後の混乱期とは言え右期間、反訴原告が賃料を反訴被告方に送付又は持参して提供することを期待し得ない程困難な事情があつたとは認められず、次に、証人佐竹清の証言によれば昭和二十一年十一月か十二月頃本件土地に塀がめぐらされていたことは認め得られないことはないが、同証拠によつても当時反訴原被告とも本件土地附近に居住していなかつたことが認められるので、右措置は反訴原告の本件土地使用を不能にするためになされたものとも一概にいえず、しかも証人三上正夫の証言と併せ考えれば、右措置も長期に亘つたものと思えないので、以上いずれの見地からも反訴原告の賃料不払を正当化する理由を見出し難い。ひつきよう反訴原告の賃料支払債務は、少くとも昭和二十年三月から後記調停手続の行われた昭和二十二年十月頃までの間二月分を遥に超えて不履行の状態にあり、これによつて、前記約旨に従い反訴被告の前記賃貸借契約解除権は発生したものと認めることができる。

反訴原告は、かりに解除権が発生したとしても、反訴被告がこれを行使する以前に、暗黙に放棄したと認めるに足る事情があつたと主張するが、証人桜井広明の証言に反訴被告本人尋問の結果を綜合すると、昭和二十一年四月頃、本件土地にバラツクを建築しはじめたのは反訴被告ではなくて桜井広明であり、しかも之を中止したのは、桜井自身が費用に行き詰つたからであつて、反訴原告がその取毀を申し入れたからではなく、この事実からは到底反訴原告主張のような結論をもたらすことは出来ず、他に反訴原告の右主張を認めるに足る証拠はない。そこで、反訴被告の解除の意思表示について按ずるに、成立に争のない乙第二号証同第七号証並に証人島村和夫の証言及び反訴被告本人尋問の結果を綜合すれば、反訴被告は反訴原告に対し昭和二十一年中からしばしば本件土地の明渡を求めていることがうかがわれる外、本件土地賃貸借に関し、反訴原告からの申立によつて墨田簡易裁判所において調停手続がなされた昭和二十二年十月頃、同調停期日において反訴原告から本件土地の賃貸借契約の存続又は更新を求められたのに対してもこれを拒否してなお本件土地の完全な明渡を求めていたことが知り得られるので、前記の意味を有する前出公正証書の条項とこれによつて当時既に催告を要しないで約定解除権の発生を見ていた状況に鑑みれば、右明渡の要求及び反訴原告の申出の拒否を以て解除の意思表示と解することは必ずしも困難ではなく、本件土地賃貸借契約は、遅くとも右調停期日の頃即ち昭和二十二年十月頃に解除されたと言はなければならない。

従つて反訴原告の主張に係るその後の供託の効力については判断を加える余地がない。

尚、反訴原告は反訴被告の解除権行使が信義誠実の原則に違背し権利の濫用であると主張するが、単に時期が抽象的に終戦時の混乱であつたとの一事で、前認定のような長期に亘る賃料不払を結局不問に付すべきであるとする右の主張を認めることは到底出来ない。

以上の理由によつて、反訴原告の本件土地についての賃借権は認められないから、その現存することを前提とする反訴原告の反訴請求は棄却を免れず、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 畔上英治 園田治 深谷真也)

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